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[地球市民](5)自分に何か出来ないか思い大切に、行動の時(連載)とは39度を超える熱、嘔吐(おうと)、腹痛、下痢……。 ほんとうにまいった。バングラデシュへの旅をともにした元学校事務職員・藤村政則さん(61)(大分市長浜町)の帰国後、ひとり取材を続けていた私は、不覚にも体調を崩してしまった。ダッカにある「山形ダッカ友好病院」に入院した。 三階建てのビル。病室も廊下も清潔だ。「悪性ウイルスによるものですね。食事に原因があるはずです」。院長のエクラスル・ラーマンさん(41)は、驚くほど流ちょうな日本語で告げた。 ■ ラーマンさんは一九九二年から四年間、山形大学医学部に留学していた。名前でわかるように、病院は同大の仲間が募った500万円の寄付で建設された。祖国に帰っても技術を十分生かせる場がない。そんな悩みを知って、立ち上がってくれたという。 中古の医療機器も寄せられた。難手術には、今でも山形の医師がボランティアで駆けつけてくれる。 病院は、バングラデシュに在住、滞在している日本人の患者も多い。私が入院した日も、交通事故にあった青年海外協力隊の女性が手術を受けていた。 押しつけや一方的なものではなく、ここには、相互に響き合うような国際援助、協力の形がある。ベッドで点滴を受けながら、私はそんなことを考えていた。 そして、この旅で出会ったさまざまな日本人たちのことを思い出した。国土を汚染するヒ素問題に取り組むアジア砒素(ひそ)ネットワーク(宮崎県)の人々、農村で自治組織づくりに取り組む北九州市、山口県下関市出身の青年海外協力隊員……。その姿は、とてもすがすがしかった。 ■ 帰国から一か月。藤村さんは、もう次の計画に向けて動きだしていた。途上国に関心を持ってほしいと、周りの人にバングラデシュの体験を伝えている。里親として支援しているドミニカ共和国の中学生に会いにも行きたいという。 10円、100円と日々の生活を倹約、退職までに1000万円を寄付し、バングラデシュに学校を建てた藤村さん。私は藤村さんと、旅で出会った人々に、「だれにでもできることがある。何もしなければ何も変わらない」ということを教えられた。 いまは信じている。思いさえあれば、私でも、だれでも、地球市民になれるのだ。(安部由紀子)(おわり)
〈100人の世界〉 地球上の人間が100人だとしたら――。40歳まで生きられない人が13人。読み書きの出来ない人が15人。安全な飲料水が得られない人が22人。最も豊かな20人が全体の富の90%を消費し、最貧の20人は1%しか消費しない。最も豊かな20人は、最貧の20人の74倍の収入がある。(国連開発計画のまとめ)
写真=子どもたちの笑顔だけは世界共通だ(ダッカで)
2004年11月2日(Tue)
全国 朝刊
27頁(西3社) 04段 1096文字
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