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西ベイルート包囲とは1982年6月、イスラエル軍は、南レバノンから越境攻撃を繰り返すパレスチナ・ゲリラ掃討を目的に、当時のシャロン国防相(現首相)の指揮下、レバノンへ侵攻し、パレスチナ解放機構(PLO)本部のあった西ベイルート(当時)を約2か月半にわたり包囲。電気や水の供給を停止してアラファト議長を「兵糧攻め」にした。窮地に陥ったPLO指導部は米国の調停を受諾、8月下旬以降、海路でギリシャに脱出、その後、チュニジアに本部を構え、オスロ合意による94年の暫定自治開始まで亡命生活を余儀なくされた。一方、シャロン氏は、西ベイルートのサブラ、シャティーラ両難民キャンプで82年9月、キリスト教民兵にパレスチナ難民約1000人が虐殺された事件への関与を問われ、事実上の引責辞任に追い込まれた。
2002年3月31日(Sun)
全国 朝刊
03頁(三面) 01段 334文字
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