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朝鮮出兵とは1592―93年、1597―98年の2回にわたり豊臣秀吉が行った。「文禄・慶長の役」とも呼ばれる。文禄元年(1592年)に小西行長、加藤清正らを朝鮮に派遣、漢城(現ソウル)を攻め落とすなど進軍したが、李舜臣率いる朝鮮の水軍に大敗し、援軍を送った明との間で講和を約束した。だが、明使からの文書に秀吉が激怒。慶長2年(97年)に再び朝鮮に兵を送ったが、翌年、秀吉の死をきっかけに撤退した。朝鮮半島は荒廃、豊臣家でも家臣の対立が深刻化し、関ヶ原の戦いの伏線となったとされる。
2003年12月28日(Sun)
全国 朝刊
31頁(社会) 01段 234文字
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