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リンケージ論とは◆アラブ世論が標的 フセイン流の論理 1990―91年の湾岸危機・戦争の際、フセイン大統領は、クウェートから撤退する条件として、イスラエルのパレスチナ占領地からの撤退を持ち出した。二つの問題をリンク(関連)させたので「リンケージ論」と呼ばれた。 フセイン氏は、クウェート侵攻から間もない90年8月12日の声明で、イスラエルの撤退を要求する根拠は「国連及び同安保理決議」にあるとした。第三次中東戦争(67年)直後に採択された安保理決議242が、イスラエルに対して占領地からの撤退を求めているのに、イスラエルが履行しない点をつき、これを放置したままイラクの侵攻だけを批判するのは「二重基準」だといった論理だ。 「リンケージ論」は、アラブ世論を喚起して自国による侵攻の事実を覆い隠そうとする意図が明白であり、アラブ諸国の大半は同調しなかったが、パレスチナ解放機構(PLO)はこれを支持した。イラクは、開戦後の2月まで同様の議論を繰り返す一方、イスラエルにミサイルを発射した。 米国はリンケージ論を否定した上で、ブッシュ大統領(当時)が90年10月の国連演説で、イラク撤退後のパレスチナ問題解決への意欲を表明。戦後の91年10月にはスペイン・マドリードで、米ソ共同議長の下、和平会議が開催され、イスラエルとPLOの93年の暫定自治合意(オスロ合意)へとつながった。(国際部 柳沢亨之)
2003年1月12日(Sun)
全国 朝刊
03頁(三面) 01段 582文字
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