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[HotSpot・Q&A]リベリア内戦の経緯は?とはQ リベリア内戦の経緯は何ですか? A リベリアは、米国から入植した解放奴隷がつくり、一八四七年に独立したアフリカ最古の共和国です。一九八九年からの内戦では約十五万人が死亡したとされ、紛争の波及を恐れる近隣諸国は、歴史的に関係の深い米国の介入を求めています。 内戦はチャールズ・テーラー氏(現大統領)率いるリベリア国民愛国戦線(NPFL)が、民族対立を背景に、当時のドウ政権に武装蜂起(ほうき)して始まりました。テーラー氏はドウ政権の政府高官でしたが、公金横領の疑いをかけられ、国外逃亡していました。蜂起に際しては、テロ支援国家との風評があったリビアの協力を得たといいます。 九六年に関係各派が停戦に合意し、翌年、テーラー氏が大統領に就任したことで内戦は終息するかに見えました。しかし、ギニアの後押しを受ける反政府勢力のリベリア和解民主連合(LURD)の蜂起で内戦は続きます。戦闘が激しさを増した六月には、一か月で千人近くが犠牲になりました。 実は米国は九〇年の段階で二千五百人の部隊を派遣し、事態打開を探ったことがあります。しかし、同年八月にイラクのクウェート侵攻で湾岸危機が起きたため、その後、リベリアへの関心は薄れていました。 (国際部 中谷和義)
2003年7月26日(Sat)
全国 朝刊
07頁(外A) 02段 519文字
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